第4回  いかまい
磐田100キロウォーク
(2009年)
第3回  いかまい
磐田100キロウォーク
(2008年)
第2回  いかまい
磐田100キロウォーク
第1回  いかまい
磐田100キロウォーク
りゅうよう風竜ウォーク
3年目を迎え年間を通じて100キロを踏破する 「第3回 いかまい磐田100キロウォーク りゅうよう風竜ウォーク」が五月晴れの竜洋地区で5月18日開催され市内外の多くのウォーキング愛好者で終日賑わいました。
江戸時代から明治にかけて掛塚湊として栄えた掛塚地区には小江戸と呼ばれた当時の面影が多く残っています。
そんな掛塚地区を通る20KMコースには様々なポイントが設けられ歴史の一端に触れることができます。
がんばるぞコースの7KM、ほどほどコースの7KMの3コースに子供から大人まで楽しみながらポイントを回り、最後は標高18m余りの竜洋富士から遠州灘を眺めます。心地よい汗をかいたゴールには食生活推進協議会の皆さんが早朝から準備をして、いちごジャムとビスケットを頂きました。
■ほどほどコース(7km):竜洋海洋公園〜竜洋工業団地〜遠州灘海岸〜竜洋富士〜竜洋海洋公園
■がんばるぞコース(12km):竜洋海洋公園〜遠州大橋〜袖浦公園〜竜洋工業団地〜遠州灘海岸〜竜洋富士〜竜洋海洋公園
■いかまいコースA(20km):竜洋海洋公園〜遠州大橋〜貴船神社〜十束公園〜千寿の前の墓〜袖浦公園〜竜洋工業団地〜遠州灘海岸〜竜洋富士〜竜洋海洋公園
■いかまいコースB(20km):JA豊田駅南店〜千寿の前の墓〜袖浦公園〜竜洋工業団地〜遠州灘海岸〜竜洋富士〜遠州大橋〜貴船神社〜十束公園〜JA豊田駅南店
 
伊豆石の建物
江戸時代から明治にかけて、掛塚湊は千石船の出入りで賑わい、「小江戸」と呼ばれていました。主に天竜檜が江戸に運ばれましたが、荷を降ろしての帰りには、船のバランスをとるために伊豆の下田港に立ち寄り、伊豆石を買って船に積み込み、駿河湾や遠州灘の荒波を乗り越えました。このため掛塚には、伊豆石を使った建物が多く見られるのです。
 

千寿の前の墓

1164年、源頼朝ゆかりの美女。千寿が現在の静岡市手越で生まれました。千手寺(磐田市千手堂)にお参りして恵まれた子ということで千寿と名付けられました。源氏の捕虜となった平重衡との恋物語は有名で「平家物語」や「吾妻鏡」などに登場します。重衡の処刑後は尼となり、白拍子村(磐田市野箱)で重衡の菩提を弔い続けました。千寿の墓は「傾城塚」と呼ばれ、現在も大切に守られています。

 
■貴船神社で
 
■竜洋富士山頂で
 
■掛塚の自然と歴史を探索しながら気ままなウォーキング